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<遺留分を考える 1> 遺留分侵害額請求権の時効

Q:遺留分請求の時効について教えて下さい。

 

遺留分侵害を知った時から1年、あるいは、相続開始の時から10年で請求権は消滅します。

 

「知った時」とは?

 

遺産のほとんど全部が贈与あるいは遺贈されていることを知った場合は、基本的に、その時点から知っていたものとされる可能性が高いといえます。

 

民法は、遺留分侵害額の請求権について、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から」1年間行使しないときは、時効によって消滅すると定めていますが、「知った」かどうかを最終的に判断するのは裁判官です。

裁判では、相手方から様々な主張が出されます。

過去の実際の事例では、相続人の一人には遺言書内容が知らされていなかったにもかかわらず、他の相続人全員が相続発生後すぐに遺言書を確認し相続人全員がそのことを知っていたと証言したこともありました。

 自分には何も知らせていなかったから時効にならないと安心してはいけません。遺言書の存在が分かっていなくても、遺産があり、他の相続人がその遺産を勝手に分けてしまっているような場合などでは、出来るだけ早めに遺留分の権利行使をしておく必要があります。

 全部の財産を他の相続人などに遺贈した遺言書が無効であると信じている場合でも、念のため遺留分侵害額請求をしておくべきです。

 遺言書が無効であると主張している場合でも、無効でなかった場合に備えて、遺留分の請求をしておくことは、法律実務的にはよくあることで、矛盾した行動ではありません。

 

 また、遺産のほとんど全部が贈与あるいは遺贈されていることを知っていた場合、その贈与や遺贈が無効であることの具体的な根拠などがない限り、時効は進行していきます。

 この場合も出来るだけ早めに遺留分の権利行使をしておく必要があります。

 

権利行使の方法は?

 上記の遺留分の権利行使とは、遺留分侵害額請求権の「行使」のことであり、具体的に金額を示して遺留分の侵害額を「請求」する必要はありません。「行使」とは、単に遺留分が侵害されているので、遺留分侵害額請求権を行使しますと言えばよいのです。

 もっとも、裁判になった場合は、いつ言ったかどうか争われますので、通常は、内容証明郵便で行使します。

 

到達の問題とは?

 内容証明郵便の受け取りを拒否されてしまった場合や不在だった場合でも、留置期間が満了した日には到達したものと認められる場合があります(下記判例参照)。

 しかし、宛所不明や転居先不明や転送期間経過等の理由で内容証明郵便が戻ってきてしまった場合は、到達したものと認められない可能性があります。

 過去の事例では、特定の相続人に遺留分減殺請求権を行使させないため、他の相続人が遺産分割等に応じる姿勢を見せつつ、実際には1年間に渡って遺産を分けず、1年が経過する直前で連絡が全く取れなくなり、内容証明郵便も戻ってきてしまったこともあります。

 知った時から1年が経過する直前に、内容証明郵便が戻ってきてしまった場合、直ちに訴訟等を提起しなければ、時効が中断しない場合もあります。

 訴訟を提起すれば、裁判所が訴状を受け付けた時点で時効が中断します(民法147条1項1号の裁判上の請求)。

 

 相続開始の時から10年が経過すると、相続開始を知らなかった場合でも、遺留分侵害額請求権が時効によって消滅することになります。

 この10年については除斥期間と考えられており、法律関係を安定させるために、認識の有無にかかわらず、時効となってしまうのです。

 

 

◆法律家向け参考情報

※民法第1048条 

(遺留分侵害額請求権の期間の制限)

遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。

 

※民法第147条 

(裁判上の請求等による時効の完成猶予及び更新)

次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定することなくその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。

一 裁判上の請求

二 支払督促

三 民事訴訟法第二百七十五条第一項の和解又は民事調停法(昭和二十六年法律第二百二十二号)若しくは家事事件手続法(平成二十三年法律第五十二号)による調停

四 破産手続参加、再生手続参加又は更生手続参加

2 前項の場合において、確定判決又は確定判決と同一の効力を有するものによって権利が確定したときは、時効は、同項各号に掲げる事由が終了した時から新たにその進行を始める。

 

※最高裁昭和57年11月12日第二小法廷判決・民集36巻11号2193頁は、改正前民法の遺留分減殺請求権に関する判例ですが、以下のように判示しています。条文は、改正前民法の条文です。

「民法1042条にいう「減殺すべき贈与があつたことを知つた時」とは、贈与の事実及びこれが減殺できるものであることを知つた時と解すべきであるから、遺留分権利者が贈与の無効を信じて訴訟上抗争しているような場合は、贈与の事実を知つただけで直ちに減殺できる贈与があつたことまでを知つていたものと断定することはできないというべきである(大審院昭和12年(オ)第1709号同13年2月26日判決・民集17巻275頁参照)。しかしながら、民法が遺留分減殺請求権につき特別の短期消滅時効を規定した趣旨に鑑みれば、遺留分権利者が訴訟上無効の主張をしさえすれば、それが根拠のない言いがかりにすぎない場合であつても時効は進行を始めないとするのは相当でないから、被相続人の財産のほとんど全部が贈与されていて遺留分権利者が右事実を認識しているという場合においては、無効の主張について、一応、事実上及び法律上の根拠があつて、遺留分権利者が右無効を信じているため遺留分減殺請求権を行使しなかつたことがもつともと首肯しうる特段の事情が認められない限り、右贈与が減殺することのできるものであることを知つていたものと推認するのが相当というべきである。」

 

 

※最高裁平成10 611日第一小法廷・民集 5241034頁は、以下のように判示しています。

「隔地者に対する意思表示は、相手方に到達することによってその効力を生ずるものであるところ(民法97条1項)、右にいう「到達」とは、意思表示を記載した書面が相手方によって直接受領され、又は了知されることを要するものではなく、これが相手方の了知可能な状態に置かれることをもって足りるものと解される(最高裁昭和33年(オ)第315号同36年4月20日第一小法廷判決・民集15巻4号774頁参照)。

ところで、本件当時における郵便実務の取扱いは、(1) 内容証明郵便の受取人が不在で配達できなかった場合には、不在配達通知書を作成し、郵便受箱、郵便差入口その他適宜の箇所に差し入れる、(2) 不在配達通知書には、郵便物の差出人名、配達日時、留置期限、郵便物の種類(普通、速達、現金書留、その他の書留等)等を記入する、(3) 受取人としては、自ら郵便局に赴いて受領するほか、配達希望日、配達場所(自宅、近所、勤務先等)を指定するなど、郵便物の受取方法を選択し得る、(4) 原則として、最初の配達の日から7日以内に配達も交付もできないものは、その期間経過後に差出人に還付する、というものであった(郵便規則74条、90条、平成6年3月14日郵郵業第19号郵務局長通達「集配郵便局郵便取扱手続の制定について」別冊・集配郵便局郵便取扱手続272条参照)。

前記一の事実関係によれば、被上告人は、不在配達通知書の記載により、弁護士から書留郵便(本件内容証明郵便)が送付されたことを知り、その内容が本件遺産分割に関するものではないかと推測していたというのであり、さらに、この間弁護士を訪れて遺留分減殺について説明を受けていた等の事情が存することを考慮すると、被上告人としては、本件内容証明郵便の内容が遺留分減殺の意思表示又は少なくともこれを含む遺産分割協議の申入れであることを十分に推知することができたというべきである。また、被上告人は、本件当時、長期間の不在、その他郵便物を受領し得ない客観的状況にあったものではなく、その主張するように仕事で多忙であったとしても、受領の意思があれば、郵便物の受取方法を指定することによって、さしたる労力、困難を伴うことなく本件内容証明郵便を受領することができたものということができる。そうすると、本件内容証明郵便の内容である遺留分減殺の意思表示は、社会通念上、被上告人の了知可能な状態に置かれ、遅くとも留置期間が満了した時点で被上告人に到達したものと認めるのが相当である。

 

※改正前民法1042条

減殺の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。